正論は、なぜ通じないか?

先週のエントリー「コミュニケーションは根本思想こそが大事」にたくさんのアクセスをいただきました。
今日は、その続きではありませんが、同じくコミュニケーションの課題を掘っていきたいと思います。
テーマは、「なぜ、正論が通じないのかな?」について。

ご存知の通り、僕は投資銀行業界からのキャリアチェンジで広告業界に入ってきました。
なので当初、自分の売りはこの業界でいう「アイデア出し」というものではなくて、広告のちょっと苦手分野である「ロジックの整理」だと思っていた節があります。
つまり、論理的に筋道を立てて正論を導きだすこと。

ロジックは世界共通ですから、キチンと組み立てて説明すれば、必ず説得できるものと、当時は思い込んでいました。
しかし、現実にはこれがなかなかうまくいかないものです。
チームでも社内でもクライアントにも、正論というものはなかなか通じるもんではないですね。

当時は、それが理解できなかったり悩んだりでしたが、山田ズーニーさんの著書にその答えを見つけて、膝を打ったのを覚えています。

正論が通じない大きな理由は、「正論を言うとき、必ず自分の目線が相手より高くなっているから」なんですね。
相手は、話の内容が正しければ正しいほど傷つき、でも否定もできず、「分かっているけど変えられない」状況に苦しむことになります。
こうなると、相手は僕のことを「自分を傷つける人間」として警戒することになるようで、その話がどんなに正しくて、相手の利益になることでも、耳を貸さなくなるようなのです。

$京井良彦の3分間ビジネス・スクール-not lisning

先週、コミュニケーションには「誰が言うか=自分のメディア力が大事」ということを述べました。
同じく、正論を届けるには、言いにくいことをズバッと言う言わないかの問題ではなく、まずは自分という人間が共感されることが大事なんですね。

同じ山田ズーニーさんの著書には、相手に共感される4つのポイントが挙げられていました。
(ちょっと僕の解釈も入っていますが)

①まずは相手の理解。
相手のやっていること、日頃の取り組みを自分はどう理解しているかを示す。

②同じ目線。
悩んでいる相手に何か言うのではなく、悩んでいる問題に相手と同じく目を向け、自分ならどう変われるかを考える。

③自分の経験に基づいて話す。
こうすると自分の身の丈を超えた話にならない。

④「問い」を共有する。
「答え」を与えようとすると、それすなわち「変われ」と言っているようなもの。
そうではなくて、「この課題はつまりこういうことで、自分も同じように悩んでいた」のように「問い」を共有する姿勢を示す。
「問い」は人に考えさせる力があり、これが響けば相手は自ら答えを探す行動に移る。

というものです。
なるほど、目線が対等ですね。
相手は「アドバイスが欲しい」と悩みを相談してきても、実は正論で批評されることを望んでいるわけではなく、悩みを共有して欲しいということなのかもしれません。
意外に悩みのなかに既に答えは見えていて、あとは一歩踏み出す勇気が欲しいだけなのかもしれませんね。

既に相手の中にある答えを浮き彫りにし、それに基づいて行動するようにサポートする。
確かにこれこそ、ロジックを超える正論なのかもしれませんね。
うーん、人間って難しい。だから面白い。

ということで、今日はこのへんで(^^