「北風的広告」から「太陽的広告」への転換

イソップ物語の「北風と太陽」という話をご存じでしょう。

北風と太陽のどちらが旅人のコートを脱がせることができるかを競うという童話です。

心配しているのは、「広告」というものが、どうもこの「北風」っぽくないか?ということです。

京井良彦の「3分間ビジネス・スクール」-kitakaze&taiyo

日常生活の中で広告に接すると、僕たち生活者は、この「旅人」になった気分です。

北風ならぬ広告が、僕たち生活者のコートを脱がそうと、あの手この手でやってきます。

これは、膨大な情報量の世の中で、送り手側がみんな「自分たちの広告を見てもらおう」という競争を繰り広げているからです。

広告業界では、古くからのマーケティング理論にある、「AIDMA(アイドマ)」という消費者の意識変容モデルを活用してきました。

消費者は、A:アテンション(注目)→ I:インタレスト(興味)→ D:デザイア(欲求) → M:メモリー(記憶) → A:アクション(購買)、という具合に意識を変容して行動するというものです。

その後、インターネット社会における消費者行動として、いくつかの派生モデルも出てきました。

最もポピュラーになったのが「AISAS(アイサス)」でしょう。

A:アテンション(注目) → I:インタレスト(興味) → S:サーチ(検索) →A:アクション(購買) → S:シェア(共有)というもの。

いずれのモデルも、まずは「アテンション(注目)」を獲得することからはじまっています。

そしてこれが、広告が背負った使命と考えられているわけです。

膨大な情報量の世の中で、広告は、「アテンション(注目)」獲得の競争に躍起になっているのです。

クリエーティブでさえ、このアテンション獲得のための表現になっていたりします。

高感度タレントを起用し、派手な演出で、商品名を連呼したりする・・・

コミュニケーションの本質である「伝える」ということより、アテンション獲得が優先されてしまうことがあるのです。

しかし、このブログで何度も見てきているように、ソーシャルメディアが浸透した世の中では、生活者のマインドは変わってきています。

いくら派手な呼びかけをされても、生活者には自分事として受け止めてもらえません。

アテンション獲得に意味がなくなっているのですから、もうAIDMAもAISASもないわけです。

生活者は、例えばその情報がツイッターのタイムライン上にRT(リツイート)されてきたものであれば、興味をもつでしょう。

自分が価値観を認めてフォローした人が、「RT=共感した」と言って、フォロワーに回しているわけですから、一定のフィルターを通過してきた有益情報である可能性が高いわけです。

これからの広告は、ソーシャルメディア上で、人々の共感を獲得して、ツイッターの「RT(リツイート)」や、フェイスブックの「いいね!」によって、伝播していくという考え方で設計していく必要があります。

広告は、ガバッと大衆のアテンションを獲得するという「北風的」な考え方から、共感によってメッセージを伝播していくという「太陽的」な考え方に転換していく必要があるのです。

と、言うのは簡単、やるのは難しい・・・

でも、やらないと何も進まないですもんね。(^^;