映画「ノルウェイの森」に見るグローバル戦略について

話題の映画「ノルウェイの森」を観てきました。

僕は、「ハルキスト」を公言していますので、期待と不安をいだきながら食い入るように観ました。

前評判どおり、トラン・アン・ユン監督の映像美はすごいですが、一方で、そのセリフ回しが気になりました。

京井良彦の「3分間ビジネス・スクール」-ノルウェイの森

「孤独が好きな人間なんていないさ」

「もしあなたが自叙伝を書くことになったら、その時はそのセリフ使えるわよ」

・・・と、そんな棒読みでホンマにええんかい!

と思わずツッコミをいれるほどのもの。

これは村上春樹さんが、映画化の際にはセリフを口語に改訂して欲しいと言ったところ、主役の松山ケンイチさんが、時代性と文学的な空気を残すために、より原作に近い言葉を希望したことによるとか。

にしても、この映像とのギャップ・・・

と思っていて、ハッと気づいたことがあります。

それは、この映画がもう50カ国で公開されることが決まっているということ。

つまり、このセリフは、はじめから英語字幕にされて「読まれる」ことを前提として演出されたものではないでしょうか?

そう、この映画は日本人のためだけに作られたものではなく、グローバル市場を相手にしているということです。

このようなグローバル戦略は、ビジネスの上では、すごく大きな判断でしょう。

たとえば、日本のITメーカーがグーグルやアップルのように世界展開できないことにも理由があります。

それは、「最初から世界を相手にして戦う」という発想がされていないからです。

多くの場合、まずは日本市場で成功してから、次に世界へ進出するという発想です。

これでは展開速度が遅くなる上、事業につぎ込めるリソースが小さくなってしまいます。

アップルなどは、はじめから全世界で販売することとして、ものすごい数の量産を前提にしています。

だから、それ相応の開発費やデザインの検討に予算が割けるのです。

日本でも、任天堂やソニーは、家庭用ゲーム機のビジネスを展開する上で、最初から世界で何千万台を販売するという前提からビジネスモデルを組んでいます。

グローバル戦略とは、外資系クライアントとの取引に躍起になることや、社内公用語を英語にすることより、もっと手前にあるということです。

要するに、はじめから世界で商売するという前提で、ソロバンをはじくということが何より重要なわけですね。

(もちろん、それだけリスクは高まりますけど)

などと映画を観ながら考えてしまったのでした。

もちろん、同じ村上春樹さんの「1Q84」なども、はじめから世界を相手(つまりノーベル賞狙い)に書かれているのでしょうね。。。