龍馬が記した「○○○」には誰が入るのか?

本日、NHK大河ドラマ「龍馬伝」の最終回でした。

僕の人生で大河ドラマを1回も見逃すことなくすべて見たのはこれが初めて。

まあ、それだけ龍馬に対する想いがあるということでしょうか。

さて、大河の最終回で、龍馬が暗殺される大きな要因とされた「新政府網領八策」という新しい政府案を記した書にある、「○○○自ら盟主と為り」という文言。

「○○○」に誰が入るのかを、幕府や薩摩、長州などが、詮索しあい、混乱を招き、その根源である龍馬が切られたということでした。

ここには、誰の名前が入る予定だったのでしょう?

歴史家は、ここには「容堂公」、つまり山内容堂が入るとか、「慶喜公」、つまり徳川慶喜が入るとかいろんな説を唱えています。

しかし、ドラマでの龍馬は、「みんな、じゃ」と言いました。

つまり、盟主は、「民主主義として、みんなによって選ばれるべき」という描かれ方でした。

今では、当たり前の民主主義による選択ですが、当時は「誰かが決める」というトップダウンが当たり前で、「みんなで決める」というボトムアップは理解されることなく、混乱を招くとして、言い出しっぺの龍馬は暗殺されてしまったのです。

今や、盟主だけでなく、情報もボトムアップによって、選ばれる時代です。

情報の世界でも、マスメディアによる大政奉還はなされたと考えてもいいかもしれません。

ソーシャルメディアの浸透によって、一次情報を発信するのは、「みんな」になりました。

世の中にあるゴマンという情報から、有益な情報を選ぶのも、「みんな」です。

ツイッターでの「RT」も、フェイスブックでの「いいね!」も、人によって「選ばれた情報」ということ。

「○○○」=「みんな」が、新しい時代の主役になるというのは、龍馬の時代から、そのままソーシャルメディア時代に言い換えられるような気がしました。

つまり、新しい時代の主役である「○○○」は、「YOU」ということですね。

こんな話、ご存知でしょうか。

京井良彦の「3分間ビジネス・スクール」-time you

米タイム誌は、毎年「Person of the Year」を選出して、その人物が表紙を飾ります。

2006年の「Person of the Year」は、ソーシャルメディア時代の到来を評価して、「YOU」、つまり「あなた」が選出され、表紙が銀色の鏡になっていました。

今の世の中を龍馬が見たら、「新しい世界の夜明けじゃき!」と叫んだことでしょうね。