「マイノリティ・レポート」にみる広告地獄の世界

京井良彦の「3分間ビジネス・スクール」-マイノリティ

トム・クルーズ主演の映画「マイノリティ・レポート」は2054年の世界が舞台。

本編とは関係ないが、未来社会での広告地獄がよく描かれています。

主人公のジョン・アンダートン(トム・クルーズ)が、オフィスビルを歩いているシーンでは、壁面から次々と映像があらわれ、声をかける。

「ジョン、ギネスビールを1杯どうだ?」

「レクサスはあなたに快適な走りを・・・」

「ジョン、ストレスがたまっていますよ・・・」

ジョンは、いっさい構わずに、どんどん歩いていく。

今日は、こんな世界をはやくから予言したフランスの思想家、ボードリアールの言葉を紹介します。

ボードリアールは、「消費社会では、広告は商品そのもの以上に重要になる」と論じました。

資本主義の基本ルールは「等価交換」は、商品の品質と機能によって決まる。

しかし、モノ余り社会になると、商品そのものは重要でなくなる。

その商品のまとう「イメージ」が価値を決めることになる。

簡単にいうと、「ブランド論」です。

同じ機能と品質ならば、よく知られたブランドのほうが高く売れる。

つまり、商品そのものより、広告のほうが重要になるというわけです。

つきつめると、ブランド名だけ広告すれば、商品が見えなくてもいいということです。

実際、そういう広告も、多く出てきています。

そして、近い未来「すべての公共空間は広告によって浸食される」といっています。

まさに、マイノリティ・レポートや、ブレード・ランナーの広告地獄の世界です。

企業も広告会社も、生活者の24時間を、どう広告で埋めるかを考えているといえます。

朝起きてから駅、電車、オフィス、テレビ、新聞、ネット、街中、店内、タクシー・・・・

もうあとは寝ている時間にどう広告を見てもらうかというところまで来ています。

私自身も、ひとのメガネレンズの裏や、まぶたの裏に、広告コピーを表記できないか?と、まじめに考えたこともあります。

いま考えるとバカバカしいのですが。

しかし、ボードリヤールは、「広告は悪夢ではなく恍惚だ」と言っています。

「人はもはや、自分が何が欲しいのかすらもわからなくなる。それは幻覚剤的は快楽だ」と言っています。

私ですら、「いや、さすがにそこまでくると、おそろしい」と思うわけです。。。

いま、これら近未来の行きすぎ広告を解決するための論文を書いていますので、またの機会に書きますね。